現在の日本では空前の猫ブームが到来していますが、遠い昔、平安時代の貴族たちにも猫ブームは巻き起こっていました。
平安時代の猫は綱に繋がれて飼われていました。猫を飼うことは流行の最先端だったようで、清少納言も枕草子の中で美しい猫に赤い綱をつけて飼う様子を記しています。
猫が平安時代で貴族になる
平安時代に貴族たちに人気があったは、中国から輸入された唐猫です。貴族にとって唐猫を飼うことはひとつのステータスでした。
留まる事を知らぬ猫の魅力は、ついに平安時代の最高権力者の心も鷲掴みにします。それは無類の猫好きとして知られる一条天皇です。
天皇がいる「内裏」は、高い位を与えられた殿上人しか入ることが許されていませんでしたが、そこに一条天皇は猫を入れたと言われています。
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内裏には位のない者を入れてはいけない規則だったため、一条天皇は愛猫に貴族としての高い地位を与えました。つまり、平安時代には貴族になった猫がいたというわけです。
清少納言は枕草子に猫の名前を書きとめました。その名は「命婦のおとど(意味:かなり偉い貴婦人)」です。これが記録に残る日本最古の飼い猫の名前です。貴族たちは猫を「ちゃん」付けで呼んで可愛がっていたことも知られています。
現在の感覚で考えるとちょっと変わった話ではありますが、一条天皇はどこまでも本気で猫を貴族と同等に扱おうとしました。母猫が子猫を生むと、産養いの儀式を盛大に執り行いました。
この天皇の振る舞いにまわりは驚きを通り越して飽きれていました。獣相手に人と同じ礼式を用いるなど前代未聞と「小右記(999年)」に記されています。
しかし、一条天皇はどうしてここまで猫にのめりこんだのか。一説に人間関係のストレスを愛猫で癒していたと言われています。
一条天皇には愛する妻の定子がいました。しかし政治権力を握っていた藤原道長がその力をさらに強くするために、自分の幼い娘を無理やり一条天皇へ嫁がせようとします。一条天皇は、悩ましい日々の中で猫とのひと時だけが心休まる時間だったのかもしれません。
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猫はいつから放し飼いになったのか
平安時代以来、日本に住む飼い猫たちは、綱に繋がれた生活をしていました。しかし、江戸幕府が開かれる前年(1602年)に京都である御触れが出されます。
それの御触れの内容は、「猫の綱を解き、放し飼いにすべし」というものでした。京都の街のネズミ対策だったのか?それとも別の理由があったのか?詳しいことは分かっていませんが、この時から猫は放し飼いになったのです。そして、この御触れによって猫の生活は大きく変わることになります。
京都に出された御触れは、その後は別の都市にも広がっていきました。そして、江戸時代の始まるとともに、猫たちは完全なる自由を手に入れたのです。
すると、放し飼いになり躍動する猫たちを見て、江戸時代の絵師たちは猫を浮世絵にするようになりました。代表的な浮世絵が「猫飼好五十三疋」です。これには袋に顔を突っ込んだり、魚をくわえて走ったりする猫たちが生き生きと描かれています。
「猫飼好五十三疋」の作者は、歌川国芳です。歌川国芳は猫を5、6匹飼っていたと言われ、絵を描く作業場にも猫を入れるほど猫好きだったと言われています。
歌川国芳の作品には、猫の動きを使って文字にした猫文字作品が知られています。歌川国芳の弟子である歌川芳藤も猫の浮世絵を得意とし、奇想天外な猫絵ブームを巻き起こしました。自由奔放な猫の姿が影響して、江戸時代に新たな芸術が生まれたのです。
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